ぼく登場

キャットシッターしろねこしろの福元です。

私の中で、一番古いオリンピックの記憶は1984年のロサンゼルスオリンピックです。
開会式で人が空中を飛んで驚いたこと。かっこよかったファンファーレは今でも頭の中ですぐ鳴らせます。
8歳でしたが、他のどの大会より鮮明におぼえているので、よく言われる通り、子供の頃の記憶というのはいつまでも残るものなのだなぁと実感します。そして最近のことはすぐ忘れる。

カール・ルイスや、体操の森末さんや、夢中になった競技はたくさんありましたが、私の1番のお気に入りは新体操でした。特にリボン。
家にあったラッピング用のリボンをセロテープで割り箸にくっつけて、それをクルクル回しながらとんだり跳ねたりして真似しました。バカですねぇ。まあ子供でしたから(๑˃̵ᴗ˂̵)

リボンといえば、昔はプレゼントに使うリボンには、ピンクか青の2色だけ、網戸が細かくなったような透ける硬めの生地で、銀色のラインが入ったものしかなかったです。
子供の頃を80年代に過ごした方ならわかっていただけるでしょうか。うちの近所だけでしょうか?
ついでに言うと、文房具屋の包装紙や紙袋は、白地に濃いオレンジの格子柄で、格子の中にネコやらローマ字やらが印字されていたものでした。(ストップペイルという柄らしいです。今、復刻版が売っていて、ちょっと欲しい。)

包装紙やリボンは、たたんで大事にしまっていたものです。懐かしいな。なんだか文房具屋さんの店内の匂いまで思い出せてしまいます。

子供の頃の記憶は強烈だなぁ。


あくび一秒前
あくび一秒前


ぎんじが家族に加わって約一年。隔離や治療で大変なこともありましたが、子猫が成長する様子を見られて楽しい一年でした。

はじめはガリガリの子猫で、保護前に何があったのか鼻の頭はすり傷だらけ、鼻血の跡もあり、両目は猫風邪でグシャグシャの半目。本人に悪いような気がして、その頃のぎんじの写真は撮っていません。

ガリガリの体に少しずつ肉がついて来て、ぷにっとつまめるようになった時は、本当にうれしかったですね。。

あれからすくすく育ち、今では元気いっぱいやりたい放題、足音は大きいし、よくしゃべるし、兄猫にウザがられようが、飼い主に軽くあしらわれようが気にしない♪この世の全てはぼくのもの(家の中だけど)、兄ちゃんのごはんもぼくのもの、といった王子様っぷりです。

本当にいつ見てもいつ見ても、興味津々のまん丸な目で、しっぽをピンと立てて楽しそうにしているので、「もしかしたらこの子の場合、しっぽがピンとなっているのが通常の状態で、実は楽しいわけでも何でもないのでは?」と疑ったほどです。



テレビの裏に探しにいかなくなったなぁ
テレビの裏に探しにいかなくなったなぁ

そんな毎日ご機嫌なぎんじ王子ですが、保護される前のつらい記憶は残っているのかもしれません。

昨年末の大掃除の時、脱走防止のためにちょっとだけ部屋に閉じ込めようとしたら、逃げられまして。
私は遊びも兼ねて「待て待てー」と追いかけたんですが、それが本気で怖かったようで、逃げ回った挙げ句にベッドの下に入り込み、怯えて固まってしまいました。

もしかしたら保護される前、ひとりでさまよっていた時に、人間に追い払われたり、追いかけられた怖い経験があるのかもしれません。それを思い出させてしまったのかも。。

怖い、つらい、痛い、苦しい、お腹すいた、、猫にある感情は人間と同じ。子供の頃の記憶も、人間と同じでずっと残っていたりするのかもしれません。
だとしたら、楽しい、うれしい、おいしい、お腹いっぱい、幸せ、、の感情でいっぱいにして、子供の頃のつらい記憶を上書きしてあげられるといいなと思います。

そんなことを考えた、ぎんじ登場一周年の夏です。